忍者ブログ

薬草医ラルフ『龍執事のハテナすぎる角』

Medical Herbalist Ralph ≪ Dragon Butler's Jargon Antlers ≫ (←一応、韻を踏んでいます) 辰年生まれのおっさん生活はいつも何かが ” 深い ” です。日々の出来事を綴ったり、興味のあるものを調べたり、料理の話をしたり、時には手芸や薬草の話をしたり。そんなこんなのブログです。できればPCからの閲覧にご協力くださいませ(スマートフォンでは読みづらいはずです)。

牛タン帝国『ペリーのタコ焼き』の復活に賭ける。

復活してほしいものがあります。


それは『ペリーのタコ焼き』です。


日本全国、タコ焼きと言ったら『まん丸い』『中身がとろとろ』のタコ焼きだと思います。私が住んでいる宮城県も同じです。

でも、昔は違ったんです!


タコ焼き王国(大阪府ことよ)が攻めてきて、牛タン帝国(宮城県のことよ)のタコ焼きを殲滅したんです。


では、タコ焼き王国が攻めてくる以前の、牛タン帝国のタコ焼きはどのようなものだったか、というのが今回のテーマです。



まずは、外見はこのような形をしていました。



釣り鐘形の本体が正方形のざぶとんに座っているような形でした。

食感もまったく違います。中までしっかり火を通すので、外はカリカリで香ばしく、中はフワフワでしっかりとした歯ごたえです。なので、食べ応えがありますし、コリコリとした食感のタコとも相性が良いです。



でも、なぜこのような形になるのでしょうか。作り方を見てみると判明します。

まずは使う鉄板を見てみましょう。



釣り鐘形のくぼみのある『くぼみ鉄板』とまっ平らな『平鉄板』が蝶つがいで2つ1組につながった合わせ鉄板を使います。この時点でくぼみだけの大阪のタコ焼きとは異なっています。

この合わせ鉄板を使って、以下のように作ります。



ピックを使ってひっくり返すのではなく、鉄板両面に火をあてて焼き上げていきます。焼き上がりはタマゴのパックのように全部がくっついた形になるので、ひとつひとつ切り分けます。四角く切り分けるので座布団に乗っかっているような姿になります(座布団部は厚みがあります)。



       ◆◆◆◆◆◆



そして、これがなぜ『ペリーのタコ焼き』という呼称なのかという話です。

大阪のタコ焼きが本家だと思います。なので、あのまん丸いタコ焼きを『大阪タコ焼き』と呼ぶのはダメです。大阪のまん丸いタコ焼きが、あくまで『タコ焼き』なのです。

牛タン帝国のタコ焼きも『タコ焼き』と呼ぶと、おそらくタコ焼き王国の国民は『こんなんタコ焼きと ちゃいまんがな!』とおっしゃることでしょう。しかし、タコが入った粉ものには変わりありません。

単に『タコ焼き』と呼ばず、それでいて元祖大阪を尊ぶ意味でも、別の呼称で呼んだほうがよさそうです。しかし、『宮城タコ焼き』では語呂が悪すぎます(言葉の響きもリズムもいまいち)。


そこで私は『ペリーのタコ焼き』と呼んでいます。


私が幼い頃、週末に買い物によく行っていたショッピングセンターに『ペリー』という軽食屋さんがありました。ここのタコ焼きが本当に美味しかったんです。もちろん、釣鐘形+ざぶとん鎮座のタコ焼きです。

残念ながらこのショッピングセンターが閉店してしまい、ペリーも姿を消しました。そしてその数年後、タコ焼き王国の襲撃により牛タン帝国のタコ焼きは殲滅されてしまうことになりました。

ということで、(私のなかで)伝説の軽食屋ペリーにあやかって『ペリーのタコ焼き』と呼んでいるのです。



私は大阪のタコ焼きの、中身のとろとろが苦手です。生焼けのような気がして、アルファ化していない小麦粉を食べて消化不良でも起こさないか心配です。また、冷めるとぺそっとしぼんでしまうのも嫌いです。

ペリーのタコ焼きは中にフワフワの生地が詰まっているので、冷めてもしぼみません。なにより食べ応えがいいんです。


ぜひ『宮城のB級グルメ』として復活してほしいです。



【注意】幼少時代の記憶のため、あやふやな箇所があると思います。ご理解ください。



拍手[0回]

PR

Copyright © 薬草医ラルフ『龍執事のハテナすぎる角』 : All rights reserved

TemplateDesign by KARMA7

忍者ブログ [PR]